はらっぱ 小話
ブログで書き散らした小話やワンライのログなど。 夢っぽかったり日常的ぽかったり。
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全力で姉*ワンライ「約束」
まだ私より小さくて、ぷっくりとした子供らしい手。その左手の小指を鳴は私に突き出した。
「やくそく」
父親の影響で、鳴も野球が好きになっていた。父親とキャッチボールをして育ち、小学校一年の夏には初めて家族で甲子園に観戦も行った。
いつしか鳴は甲子園に出る、そんな夢を口にするようになった。
そんな野球少年でも、リトルリーグに入れるのは三年生になってから。チームに入れない鬱憤か、元々のやんちゃな性格のせいか、とにかく問題をおこしてばかりいた。
ある日、公園で鳴が他の子を突き飛ばしているのを私は見た。すぐに駆け寄って、鳴を叱った。もちろん、突き飛ばしたにはそれなりに理由があったと後でわかったけれど、だからといって、手を出しちゃダメだ。
「だって…」
と、言い訳する鳴の頭に手を乗せる。ふわっとした猫っ毛はあっちこっちにはねていて、それはまるで鳴の奔放な性格そのもの。
「暴力ふるう子は甲子園に出してもらえないんだよ」
少し脅すように言うと、鳴は目を大きく見開いた。
「うまくても?」
「どんなにすごい選手でも」
「ほんと?」
恐る恐る私をうかがうように見る。まだ小学校一年生の鳴にしてみれば、10歳近く離れた姉の私は母や父と同じくらい大人なのだ。
「も、しない」
「ほんと?」
こくんと大きくうなずく鳴をあやすように頭をなでる。
「やくそく」
鳴はそう言って、左手の小指を私に出したのだ。
その後、鳴は相変わらずやんちゃし放題だったけれど、他の子に手を出すことはなくなった。
リトルリーグに入って、野球三昧の日々を送り、性格は変わらずだったけど、いつしか背は私を追い抜き、手のひらはマメで固く、そしてなにより大きくなっていった。
中三の秋には自分で進路を決めていた。
「稲実」
甘えん坊の鳴が寮生活を選ぶなんて思ってもみなくて、私も、母も妹もショックが大きかった。誘われてたとはいえ、家から通える野球の強豪校からだって誘いはあったのに。
「そっ! 稲実入って、甲子園連れてってあげるから!」
任せて、と胸を張る。
「ほら、約束。オレ、姉ちゃんとの約束破ったことないもんね」
得意満面の顔でそう言うと左手の小指を私に出す。
その手はあの小さなころの手とは違う。鳴の努力と成長の証。それがわかっているのに、あのやわらかなゆびきりはもうできないのだと思うと少し寂しい。
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