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はらっぱ 小話

ブログで書き散らした小話やワンライのログなど。 夢っぽかったり日常的ぽかったり。

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由井くん*体育祭

台風一過の今日、澄み切った青空の下、体育祭が行われていた。
運動部の推薦入学の子たちが中心になって盛り上がっていて運動が得意じゃない私もそのノリに便乗して楽しく過ごしていた。


グラウンドに200mのトラックが白線で書かれ、その周囲に縦割りで編成された色ごとにクラスの位置が指定されている。縦割りといっても、3学年5クラス計15クラスを3色に分けているので、それぞれ色によっては多い学年が違う。クラスごとの縦割りにしないのは、二年から理系と文系にクラス分けされていて、理系に当たるクラスがどうしても男子が多くなるためだ。


お昼休みの後の最初の競技が部活対抗リレーで、私はそのリレーで記録係をすることになっていた。だからお昼休みが終わる少し前に一人でグラウンドの自分のクラスの位置に戻ってきた。するとそこにはすでに一人。


「由井くん?」


小柄な彼は私の声にぱっと顔を上げると、まぶしかったのか少し目を細めた。私はその横に腰を下ろす。


「何してるの?」


由井くんはブルーシートの上でなぜか野球のユニホーム姿でキャッチ―の防具をつけているところだった。


「部活対抗に出るんだ」
「そうなんだ~」


そういえば野球部だったなぁと思い出す。何となくイメージじゃないんだけど、こうしてユニホーム着ていると意外にも着慣れている感じが出ていて、妙に風格すら感じてしまう。ヘルメットをかぶってその上にマスクを乗せて、私を見た。


「花沢さんは?」
「部活対抗の記録係」
「だよね」


くすっと笑う。


「何で笑うの」
「え、いや、だって、ほら」


言葉を濁して、笑いをこらえるように目を細めた。その意味はわかってる。午前中の競技で私は自分の運動能力の皆無さを周知徹底させたのだから。


「笑うなら笑えばいいのに」


やけくそ気味に口をとがらせると、由井くんは遠慮なく笑った。可愛らしい笑いに怒ることも忘れてしまう。


「好きなだけ笑って」
「ごめん、だって、すげーかわいいん…! あ、いや、えと」


うっかり口に出ただろう言葉に由井くん自身がびっくりした顔をしている。言われた私の方がびっくりしてるんですけど。ちょっとあせったような素振りを一瞬だけしたくせに、私からしっかり視線を合わせたまま真顔になった。しばらくそのまま目を合わせた後、ふっと柔らかく由井くんは笑った。


「うん、かわいい」
「…ありがと」


ほてる顔を自覚しながらそう言うと、由井くんはちょっと茶目っ気のある表情を作った。


「これで部活対抗の賄賂完了だね」
「そんなことで記録は改ざんしないから!」


もう、なんて小悪魔!


由井くんはまた声をあげて笑う。こんなに笑う子だったっけ。にこやかな印象はあるけど。


部活対抗の出場者にゲートに集まるように告げるアナウンスが流れる。気づけば周りにはクラスの子たちも戻ってきている。そろそろ私も記録係の仕事に行かないといけない。私が立ち上がると由井くんもカチャカチャと防具の音をさせて立ち上がった。


「野球部はみんなそのカッコで走るの?」
「うん、ユニホームだよ」


と、指を指す。その先にはゲートへと先に向かう同じユニホーム姿の子たち。


「じゃなくて、このキャッチャーの」
「ああ。オレはキャッチャーだからさ」


頭に乗せたマスクを手で押さえて誇らしげに笑った。けれどその笑顔はかわいらしい顔立ちには似つかわしくないくらい自信が目に宿っている。強い意志とプライドに強烈なほどの男らしさを感じて、胸がキュンと痛くなる。


「じゃ、記録係がんばって」


ポンっと私の背中を叩くと、頭に乗せたマスクを手で押さえながら走っていく。小柄なはずなのにとても頼もしく見えるその背中を見送って、胸に何が刺さったのか自覚した。





オマケ
「なんで防具つけてんの」
「キャッチ―だし。普通つけるでしょ」
「オレらのとこそんな風習なかったけど…光舟もとってくっか?」
「…」
(葛藤する奥村光舟)
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