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はらっぱ 小話

ブログで書き散らした小話やワンライのログなど。 夢っぽかったり日常的ぽかったり。

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メイちゃん*生まれる前から

目の前には8歳と6歳になる娘が二人と、それを両脇に抱えるように前のめりになっているパパがいる。

早く早くと三人は目をキラキラとさせて待っていて、エサをあげる直前の実家の犬を思い出した。

「じゃーん」

そんな効果音を口で出して、母子手帳ケースのポケットからエコー写真を取り出した。それに三人はつかみかからん勢いで覗き込む。

「どれ」
「わかんなーい」
「ママ~」

わかりにくいエコー写真を前に三人は首をひねって証拠を確認しようとしてる。

「あっ!これだ!」

長女が指を指すと、次女とパパは競うように顔を近づける。

「おおっ!」

確認できたパパは興奮のあまり立ち上がる。そのまま娘二人を抱えて振り回す。

「ヨシヨシヨシ!男の子だな!野球だ!江夏だ!甲子園だ!」
「野球だ~!」
「こうしえんだー」

パパに振り回された娘たちもキャッキャッとはしゃぐ。

その時、お腹がぐにーっと押された。お腹の中でも万歳でもしてるのか、それともうるさいと抗議してるのか。本当にこの子は外の音に反応してよく動く。押されて形が変わったお腹をよしよしとさすると、また動く。元気な子で嬉しくなる。これだけ元気な男の子なら野球が好きなパパの念願もかなうかもしれない。

「ねぇ、ママ。名前どうするの。ミイって男の子につけれないよ」

長女が息をあげて、はしゃぎすぎるパパから逃げてくると、嬉しそうにそっと私のお腹に手を乗せた。

「アイ、マイ、ミイじゃなくなるね」

三人目を妊娠したとわかったときにパパは冗談めかして上の子たちの名前からそんなことを言っていて、それからみんなお腹に話しかけるときはミイちゃんと呼んでいた。

「違う名前考えないとね」
「メイだ!名選手、名監督、名球会!」
「名って変」

漢字ももう習っている長女は口を尖らした。確かに名はない。メイって響きは悪くはないと思うけど。

「てんてんつかないのにするんでしょ」

偶然にも家族全員がひらがなに濁点がつけられない苗字にならって名前にも濁点がつけられない。

「とりあえずメイだ!漢字はまた祖父さんに画数だのなんだの見てもらえばいいだろ」

興奮が一段落したパパは冷蔵庫からノンアルコールビールを出しながら言う。まぁ、それでいいかなって思ったら

「鳴だ!」

突然叫んだ。

ビールを片手にダイニングテーブルのスポーツ新聞を手にする。

その見出しには今年甲子園で活躍した子の写真と鳴り物入りで入団!の文字。

「ヨシ! 成宮鳴だ!」
「メイだ~!」
「メイ~!」

またはしゃぎだす三人を見ながらお腹をなでる。やれやれと思うものの、みんなが三人目をどれほど楽しみにしているのかわかるから止める気にはならない。

「あなたの名前はメイだって」

甲子園とかプロ野球とかそんな夢物語は夢のままでかまわないから、元気に出てきてパパの念願のキャッチボールしてあげてね。

私の心の声に応えたのか、それともはゃしいでる三人の声に反応したのか、メイはぐにぐにとお腹を押してきた。


*****

生まれる前から愛されまくり。

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メイちゃん*玄関先の攻防

幼馴染の鳴ちゃんと初詣に一緒に行かなくなったのは小学校5年生のときだ。鳴ちゃんがリトルリーグのチームメイトたちと行くから私とは行かないと言ったから。リトルのチームメイトには同じクラスの男子もいたし、知らない子ばかりじゃないから一緒に行くと言う私に鳴ちゃんは「女なんか連れてけるか」と一蹴したのだった。もちろん6年生のときも同じやりとりをした覚えがある。


中学生のときは、鳴ちゃんはシニアのチームに所属したまま、学校では陸上部だった。私は鳴ちゃんに自分が陸上部だから私も陸上部に入れと言われて、陸上部に入った。私は何かに秀でていたわけではないけれど、それなりに部活を楽しんでいた。部活でみんなで初詣に行こうねという話が出ていたから、私はすっかり鳴ちゃんも一緒だと思っていたのに、鳴ちゃんはシニアで行くから陸上部では行かなかった。

そして、今年。高校生になった今、私は同じ間違いはもうしないと、さすがに鳴ちゃんと初詣に行くことは考えてなかった。5年かけて学習したんだ、偉いねとは鳴ちゃんのお姉ちゃんのセリフだ。ちょっとひどい。

なのに、どうして。

目の前でむっつりと腕を組んでる鳴ちゃんがいる。そこにいられると玄関から出られない。すごい邪魔なんだけど。

「のけてよ~。待ち合わせに遅れちゃう」
「行かなきゃいいじゃん」
「約束してるの」

鳴ちゃんの横を無理矢理通ろうとするとしたけれど、鳴ちゃんの腕が私の前をさえぎった。壁に手をついて、私を見下ろしている。これってちょっとした壁ドンだなぁなんて、ちらっと頭をよぎった。

「じゃあ、オレは誰と初詣行くんだよ」

正月早々鳴ちゃん節炸裂。

「部活で行かないの」
「3日の練習初日にみんなでガッコの近くの行くんだから、わざわざ集まんねぇ」
「シニアとかリトルとかのチームメイトは」
「みんな自分のガッコのヤツと行くって」

なるほど。残ったのは私なんだ。勝手だよね。でもそれが鳴ちゃんだけど。

「だいたい、普通オレと行くって考えるだろ」

少し声のトーンが変わった。ため息までついている。普通に考えて今まで一緒に行ってくれなかったのが鳴ちゃんじゃない。

「5年かけて学習したの」
「はぁ?! 何それ」
「だって、ずっと行ってくれなかったから」
「それは、でも、今年はオレとって…普通そうだろ」

鳴ちゃんはまっすぐに私を見た。強くて意思のある本気の目。その目を向けられるとついほだされてしまう。わかった、じゃあ鳴ちゃんと行く、なんて言ってしまいそう。でもそんな訳にはいかない。部活で約束しているのだ。先輩だって来るのにドタキャンはできない。

「わかった、じゃあ、帰ってきたら鳴ちゃんと行くから」
「はぁ?! 何言ってんの。初詣じゃなくなるじゃん」

もうダメだ。これ以上玄関で押し問答していたら遅れてしまう。強行突破を試みた。

「あっ、テメェっ」

腕の下をくぐり抜けた私の首ねっこを鳴ちゃんは容易くつかんだ。服がひっぱられて首がしまる。苦しくて涙目になる私を見て、さすがに悪いとつぶやくように言う。けれど掴んでいた手は首元から袖口にうつっただけて離してはくれなかった。

そりゃあ、私だって鳴ちゃんと行きたいと思っていた。でも今までの経験が行けなかった場合のダメージを容易に想像させて、惨めな気持ちになって傷つくのが嫌で部活で約束したのだった。

だからこうして私と行くつもりで鳴ちゃんが来てくれたことは嬉しいんだけど、約束は破れない。なんでいつも上手くいかないんだろう。タイミングが悪いっていうことはそのまま相性が悪いってことなんじゃないかとさえ思ってしまう。

意味なく涙が出そうになるのをぐっとこらえると、気づいたのか鳴ちゃんは大きく息を吐いた。それと同時に袖口を握っていた鳴ちゃんの手が私の手を取った。昔から知ってるはずのマメだらけの固い手のひらは、知らない人みたいに大きくて息をのんだ。

「じゃあ、オレも一緒に行く」
「…えぇ?!」

なんでそうなるの。


見上げれば、得意満面の鳴ちゃんの顔が私を見ている。そして反論する間もあたえずに、私の手を引いて玄関を開ける。ひやっとした空気が前を行く鳴ちゃんの匂いを運んできて、落ち着かない気持ちになった。

「彼氏だーってちゃんと紹介してよ!」

ちょっとすねたような口調でそう言うと力任せにひっぱって、自分の腕の中に私を納めてしまった。


メイちゃん*ワンライ「もしも魔法が使えたら」

もし私が成宮だったら。もしも、魔法が使えたら、あの日のあの一投をなかったことにするんじゃないかな。それとも夏の甲子園優勝できるようにするとか。

そんな浅ましい私の考えをよそに、記者に囲まれた成宮はあっさりと答えた。

「身長欲しいかも。最低180かな~。あ、でも魔法で伸びるなら185とか!」

質問をした記者はなるほどねと笑って、メモを取る。雑誌のインタビューの軽い質問だ。けれど記者は少し意地悪な顔をしてもう一度成宮に問いかけた。

「あの一投を魔法でナシにしたくないの?」

ぴくりと成宮の眉が上がったのがわかった。きっと記者も気づいている。けれど成宮はかぶっていた帽子をとって、自分を落ち着かせるようにあおぐ。

「したいけど、したくない」
「それは、経験としてよかったと思ってるってことかな」
「まぁね。先輩には悪いけど…。自分のためにはよかったと、今は思ってる」

記者の目をまっすぐに見て言うと、成宮はオレってカッコイーなんて、ちゃめっけたっぷりの笑顔をみせる。

「じゃあ、魔法でこの夏の大会で甲子園優勝とか考えないの」

成宮に何を語らせたいのか、この記者からは誠意を感じない。魔法が使えようと使えまいと、高校球児の、それも力があればなおのこと、夢見ることだろうに。

「そんなことで魔法使ったらもったいないじゃん! 自力でできることなのにさ」

成宮は記者の意図なんて気にも留めずに、自信満々だ。さすがの記者も苦笑する。

「じゃあ、期待してるよ」
「うん! まぁ、まずは東京獲っときます!」

宣言するようにたからかに指を空に突き刺す。そんな成宮の姿には、頼もしさがある。きっと今年も甲子園へ行く。成宮の指の先の空を見上げれば、初夏の色をしていた。


メイちゃん*ワンライ「横顔」女の子視点

夜の闇にぽっかりと浮かび上がる屋台の電燈に照らされた成宮に目を奪われた。ただ投げるという動作をこんなにきれいだと思ったことはなかった。


 夏休みもあと1週間で終わるという週末に毎年恒例の地蔵盆が公園で行われていた。地蔵盆は小学生がメインで、すでに中学生の私が楽しめるのはいくつかのゲームとおやつでもらえる凧せんくらいだ。それでも友達たちとこの夏最後のイベントとして、浴衣を着て出向いた。

「男子来てるじゃん」

 友達が賑やかな集団を指さした。見ればクラスの男子と他クラスの男子が剣の形をしたペンシルバーンで遊んでいる。みんな野球のユニフォーム姿だ。

「野球部…?」
「違う、違う。シニアでやってる子らじゃん」

 野球部とシニアの違いをよく知らない私に、男兄弟のいる友達が詳しげに言う。そして、いいこと考えたと私に笑った。

「さっきの的当て、あいつらにしてもらおうよ」

 中学生の私たちができる数少ないゲームの一つに的当てがあった。小豆の入った小袋を欲しい商品めがけて投げて、当たって台から落とせばもらえるというシステム。さっきみんなでしたのだけれど、私だけ取れなかったのだ。

 有無を言わさず、グイっと私をひっぱっていく。その先にいる男子の姿を見て、なるほどと納得した。友達がいつもいいなと言っている男子だったからだ。話すきっかけ欲しかっただけじゃないの。なんだかダシに使われたみたいで、ちょっとむっとする。

「あー、的当てな」
「ねー、やってよー」

 友達がねだるように男子に言うが、なかなかうんとは言わない。

「オレら、出禁なんだよね。的当ては」
「何で?」
「カンタンに当てちゃうからさ~」

 そう困ったように笑った男子は、ちょっと考えてから後ろで騒いでいる集団に振り向いた。

「鳴、ちょっと」

 その呼びかけに集団の中から私と同じクラスの成宮が剣の形をしたペンシルバルーンを担いでやってきた。陸上部だと思っていた成宮の野球のユニフォーム姿にちょっと驚いた。上は黒いシャツだけど白いズボンは泥だらけだ。

「なーに」

 成宮は少し不機嫌そうにくちびるをとがらせた。

「的当て、やってやってよ」
「はぁ?! なんでオレが! だいたい、出禁じゃん」
「でもほら、的当ての当番してるの、仁志さんだし。鳴にならさせてくれるかもよ」
「どうして?」

 思わず口をはさんでしまった。だって成宮だけ特別にさせてもらえるかもしれないのが不思議だったからだ。

 成宮は突然の私の声に、もしかしてと私の名前を口にして、顔をしげしげと見た。どうやら暗がりで私のことが誰かわかっていなかったらしい。同じクラスだってのにあんまりじゃない?

「あの人、オレのファンなんだよね」

 ふふんと成宮は得意げに笑った。その口の周りには凧せんのソースと青のりがついている。ファンだとかなんだとかの前に、口の周り拭きなさいよ。指さして指摘すると成宮はあわててシャツの首元で口の周りをぬぐった。

「私だけあのマスコット取れなかったんだもん。みんなおソロなのに」

 成宮の偉そうな態度に私も遠慮がなくなる。成宮の袖を掴んでマスコットを指さした。

「あんなの欲しいの。バッカじゃないの」
「うるさいなー。わかった、自信ないんでしょ」
「なっ! 誰に向かって言ってんの。このオレが取れないと思うわけ?!」

 思った以上に成宮は簡単に挑発に乗った。このオレがって言うくらいだ。よほど自信があるのだろう。見ててよ、と捨て台詞を吐いて、的当ての中の人に声をかけた。

「ねー、仁志さん、一回させてよ」
「鳴坊はダメダメ。ゲームになんないだろ」
「だって、コイツがオレの実力見たいってんだもん」

 と、成宮は私を指す。実力見たいとは言ってない。マスコットが欲しいだけなんだけど! だいたいそんなに野球がうまいんだろうか。運動神経は悪くなかった気はするけど、この中では小柄な方だし、いまいち信用できないんだけどな。けれど私のそんな考えをよそに仁志さんは他の誰よりも鳴坊じゃ反則だろうとうなっている。

「うーん、でもなぁ」
「一回だけ、一回だけ。一発で落とすしさ。オレが投げるの間近で見れるんだよ」
「言うなぁ。しょうがない。一回だけだぞ」

 根負けしたのか仁志さんは成宮にゲーム券と引き換えに小袋を手渡した。成宮は私にペンシルバルーンを押し付けながら、小袋を2つ返そうとする。

「3つもいらないよ」
「一応な」

 その一応が気に入らなかったのか、成宮の顔つきがすっと変わったのに私は気づいた。成宮は教室で先頭きってバカする男子だ。少し小柄だし、そんな子供っぽい成宮をクラスの女子は、私もだけど、男としてみなしていなかったのに。初めて見る真剣な表情に知らずに私は息をのんだ。

 左の手の中で小袋の感触を確かめると、成宮はちらりと私を見た。挑発的で自信に満ちたその目に私の胸が高鳴った。思わずぎゅっとペンシルバルーンを握り締めた。それに気づいたわけではないだろうけれど、成宮は目を少し細めた。それと同時に無造作に小袋を投げた。

 シャリっと小豆がこすれる音が、妙に耳に残った。

 成宮の左腕がすっときれいに円を描いたと思ったら、もうマスコットは台から落ちていた。

「すごい!」

 思わず飛び上がって喜んでしまった。成宮はイエーと他の男子しハイタッチしている。仁志さんもさすがさすがと拍手だ。

「見たか」

 成宮は得意げに仁志さんから渡してもらったマスコットを私に差し出した。

「うん、うん、ありがとう! すごいね! かっこいい!」

 私は興奮のあまり自分がさらりとかっこいいと言っていることに気づいていなかった。成宮はちょっと口元をゆるめて、ペンシルバルーンを私から受け取ると他の男子たちの元へと戻っていく。

 手の中のマスコットを見て、心の中にまだ成宮が残っている自分に気づく。振り返ると、成宮はもう私のことを忘れたかのように男子たちと盛り上がっている。決して大きくはないその背中をしばらく見つめた。

 振り向いてよ。

 そんな私の願いはむなしく、成宮が振り向く気配は微塵もなかった。残念に思いながら、それでも手の中のマスコットに満足して私も、先に行く友達の輪に戻った。

 その少しあとに、成宮が私を振り返って見ていた事実を、私はもちろん知らないままで。

メイちゃん*ワンライ「ヒッティングマーチ」

昨日から頭の中で山本リンダの「狙いうち」がリフレインしている。それというのも、昨日、野球部の応援に行ったせいだ。

「なんで、狙いうち?」

 突然話しかけられて、はっとする。うっかり鼻歌で歌ってしまっていたらしい。顔を上げると、成宮が少し不機嫌な顔をして私を見下ろしていた。

「何か、昨日の試合で聞こえてたから、耳に残っちゃって」
「気に入ったんだ?」

 口の端を上げているのに、冷え冷えと感じるのは目が笑ってないからだ。

「気に入ったっていうか、ほんと耳に残っただけだけど」
「イケメンだもんね」
「誰が?」

 どうも成宮の言いたいことがわからない。ただ推測できるのは、相手チームの応援で流れていたものだから、あまりいい気がしないのだろうということくらいだ。

 でも、昨日、勝ったのに。

 昨日の試合では成宮が途中から投げて、そして、勝ったのだ。野球のルールを知らないわけではないけれど、プレーの細かいことまではわからない。ただ一年生の成宮が試合に出ることはすごいことだったくらいはわかる。そして、ほとんど打たれなかったことも。

「狙いうちは一也のヒッティングマーチだから。アイツ、イケメンでしょ。気に入ったんでしょ」

 ふんっと成宮は鼻を鳴らす。

「イケメンかどうかなんてわかんないけど」

 スタンドからあんな遠くの人の顔なんてほぼわからない。まぁ、成宮は見慣れているからわかったけど。それでも表情までは難しい。

「イケメンだよ、アイツ。でも試合に勝ったのオレだからね! てか、オレのヒッティングマーチは耳に残ってないわけ?!」

 何が理由でこんなに絡まれなきゃいけないのか。成宮のお子様気質はすでに学年でも有名だけど、ほんとわからない。

「サウスポーでしょ」

 ちゃんと応援してたんだから、成宮のヒッティングマーチくらい覚えている。左利きでピッチャーでサウスポーって単純だなぁって思ったことは内緒だ。ため息交じりに言えば、覚えていたことには満足したのか、成宮の目元が少しゆるんだ。わかりやすい。

「じゃあ、これからはサウスポー歌えよ!」

 ビシッと左の人差し指で私を指すと、満足したのか、自分の席へと戻っていく。いったい何だったのか。その背中をあっけにとられて見送った。ふと視線を感じてその先を見れば、神谷と目があった。きっと今のやり取りを全部見ていたのだろう。

「何なの、あれ」
「坊やだからな」

 にやにやと笑う神谷の言葉に私はため息をつくしかできない。

「まぁ、おまえもいい勝負だと思うぜ」

 それって私も子供だって意味なのか。じろっとにらむと、神谷は首をすくめた。

インパ

昨日、甲子園の初戦を快勝したオレたちは、監督の計らいでUSJに遊びに行けることになった。たまたま今日の練習場所が舞洲ベースボールスタジアムだったからだ。行きのバスで目ざとくUSJが近いということに気づいた、エース様が騒いでくれたおかげだ。

「去年は誰かさんのせいで行けなかったからな」

 言わなくてもいいのにボソリと白河がつぶやいた。去年は敗退後に行く予定になっていたのだ。けれど、鳴のあまりの落ち込み具合に1、2年は自粛した。3年だけが思い出づくりに行ったのだった。

 いくら鳴が騒いだとはいえ、本当に今日のうちに行かせてもらえるとは思っていなかった。けれど、2回戦まで間があり、偶然にも練習場が舞洲だったということが監督の気持ちを後押ししたのかもしれない。もちろん去年の二の舞も避けたい気持ちもあっただろう。

「おー! あれがUSJ!」

 嫌味を言われたはずの本人は意に介せずバスの窓にぴたりと顔をよせた。鳴は良くも悪くもすべてにおいてこのチームの中心なのだ。

 バスが駐車場に止まると、我先にと降りていく。もちろん、オレもだ。降りると鳴がキラキラと目を輝かしていた。

「カルロ、血が騒ぐ? 脱ぐ?」
「なんでだよ」

 鳴はオレを見てにやっと笑った。全然意味わかんねぇ。とりあえず、鳴が上機嫌だということだけはわかった。昨日の試合で交代させられたことを、ついさっきの練習中もぶちぶちと不満をたれていたくせに。

 先にチケットを購入しに行っていた林田部長と合流すると、パークの入口で注意事項を聞かされる。すでに誰もが注意事項は上の空だ。ジェットコースターが近くを通ると聞こえてくるキャーという声に気がはやる。

 とりあえず、稲実野球部だということを忘れずに節度を持てというようなことを林田部長が言う。まぁ、羽目をはずすには、まだ大会中だし、制服姿だしと足枷が多い。だいたい、オレらは野球に明け暮れている男ばっかだ。遊び慣れてないだけに、どう羽目をはずしたらいいのかわからないところもある。逆に遊びなれていないがゆえに変な羽目のはずし方をしないようにと心配しているのかもしれない。

 大きな地球儀の前でみんなで写真を撮る。ぶわーっと出てくるミストに全員のテンションが上がった。

「よーし、行くよ!」
「あ、おい待てよ」

 何も考えずに鳴はスタスタと先に進む。いつもそうだ。行先とかこれからどう動くとか一切考えずに思うがままに動き出すところがある。そういう時、鳴は突き当りまでまっすぐに進む。結局後ろからオレたちがいつもフォローするはめになる。坊やだとあきらめているが、こういう場所では犬につけるハーネスを鳴につけてやりたくなる。

「カルロス! 成宮を頼むぞ!」

 後ろから林田部長の声がした。だったら部費でハーネス買ってくれ! ウキウキと先に行く鳴を追いながら、心の中で叫んだ。


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2011年の優勝校が1回戦の後にインパしてるので、この設定アリですよね(笑)
あと舞洲もほんとに練習場として使われてます。

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はらぺこ
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