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はらっぱ 小話

ブログで書き散らした小話やワンライのログなど。 夢っぽかったり日常的ぽかったり。

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全力で姉*弟自慢

集中豪雨でオフィスから帰るに帰れない。ビルの一階が浸水してしまっているのだ。深夜バスで甲子園まで行かなくてはいけないのに、窓の外を見てため息が出る。このまま帰らずに深夜バスに直行しないとダメかも。もしものために一泊分の用意は両親に頼んであるし、身一つで向かっても大丈夫だ。ただ明日の一回戦は8時からだし、何としても深夜バスで行かないと間に合わない。

 間に合わなかったなんて言ったら、あの子、どんな顔するか…。

 わがままなかわいい弟の顔を思い浮かべて、笑みが浮かぶ。

「成宮さん、はい。しかし、止まないね」

 コトリとデスクに缶コーヒーが置かれる。その音に我に返る。振り返って見上げれば、課の先輩がネクタイを緩めながら苦笑いしていた。

「ありがとうございます。いただきます」
「成宮さん、明日有給取ってたよね」

 先輩は隣のデスクにもたれて自分の缶コーヒーを開けながら、ちらりとスケジュールボートに目線をやる。

 明日の一回戦は第一試合だから、試合終了後は新幹線で東京まで戻ってこれる。二回戦と三回戦はお盆休暇と重なるので問題はない。けれど、準々決勝から決勝まではお盆休み明けの木曜日からの三連戦だ。

「珍しいよね、週中に有給取るなんて。お盆休み前だし」
「ちょっと、用事が…」

 弟が甲子園に出るんですとは言わない。あまりプライベートを会社の人に言うのは好きじゃないからだ。私があまりそういうことを言わないと知っている弟は

「なんで、自慢していいよ! 甲子園だよ! てか、自慢して!」

 って自信満々に得意満面の顔で言うけれど。

「何の?」
「え、何って…家族のことでちょっと」
「もしかして、彼氏がご挨拶、とか?」
「まさか、違います」

 珍しく先輩が食い下がってくる。悪い先輩ではないんだけど、こういうやり取りは正直したくない。

「ほんと?」
「ほんとですよ。弟の用事があるんです」

 それはもう、かわいいかわいい弟の晴れ舞台です。実は私があまり弟のことを他人に言わないのは、自分でブラコンの自覚があるからだ。大学時代にはそれが理由で彼氏に振られたこともある。

 だって、しょうがないよね。あんなにかわいい子、他にはいないもの。しかも野球をやらせたらかっこいいんだし。

「弟さんいるんだ。いくつ?」
「…高2です」
「へぇ、離れてるね。離れてると、かわいいよね」

 そう言われて、ドキリとする。はい、かわいいですよ。とは言えないけど、顔には出たかも。

「間に妹もいますから」
「三人姉弟なんだね。うん、成宮さんって長女って感じだよね」
「そうですか?」
「でも高2の弟のために仕事休むってよっぽだよね? ほんとに彼氏じゃないの?」

 先輩はなぜか半信半疑だ。だいたいどうしてそこまで明日の私の有給にこだわるのかもわからない。雨は少しましになってきいる。小降りになったらすぐに帰りたい。それまで先輩に絡まれるのも嫌だし、あきらめて言うことにした。

「甲子園に出るんです」

 先輩は一瞬、何を言われたのかわからないって顔をした。予想外だったんだろう。

「え、まじで?! それはすごいね。学校どこ?」
「稲実です」
「名門じゃん。去年も出たよね?」
「去年はうちの弟も試合に出ましたから」

 冷静を装いながらも、どうだって気持ちでいっぱいだ。うちの弟はすごいんだから。

「ほんとに?! すごいなぁ」
「今年はあの子、優勝する気ですから」

 うん、やっぱ有給届書いておこう。準々決勝と準決勝の日の分。あの子が優勝する気で挑むんだから、私もそれを信じてあげないと。

「そっか、そりゃあ、有給とるよね。うん、でもよかった」

 先輩は人のいい笑みを浮かべる。よかった?って何が? 今度は私が何を言われたのかわからないって顔をしてしまったはずだ。しばらく私を見つめていた先輩は、はぁとため息をついた。

「成宮さん、やっぱり気づいてくれてなかったんだ」
「何をですか」
「オレ、けっこうアプローチしてたつもりだったんだけどね」

 自嘲気味の笑いで先輩は頭をかいた。

「ええっ!」
「先月くらいから週末誘ってただろ?」

 そういえば、先月あたりからバーベキューとか課の飲み会とかいろいろ誘われることが多かったような…でも甲子園の予選があったから、ほとんど断っていたし、気にもとめてなかった。

「…すいません」

 謝るのも変な感じだけど、あの子のことで頭がいっぱいだったから…。

「いいよ、弟くんのせいだってわかったから」
「せいって…」
「だから、甲子園が終わったら、オレとデートしてね」

 にっと笑った先輩の顔はほんの少し、自信満々のあの子に似てた。
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